歴史・史跡

岩殿観音(東松山市)

坂東札所10番として有名。かつての門前市を偲ばせる家並みが尽きると目前に仁王門が迫り、石段を登ると観音堂と大イチョウが目に入ります。県指定文化財で鎌倉時代末期の銅鐘や六面幢、薬師堂、鐘楼など史跡も豊富で一見の価値があります。

木造阿弥陀如来像(滑川町)

阿弥陀如来坐像は、平安末期から鎌倉初期にかけての作品で、定朝(じょうちょう)の様式をもつ当時の最高傑作といわれています。両脇には観音菩薩と勢至菩薩の脇侍があって、県指定の有形文化財です。

五厘沼瓦窯跡群(滑川町)

古墳時代に造られた県内最古の須恵器(すえき)窯跡。五厘沼と呼ばれている沼に向って斜面に掘られた登窯です。

菅谷館跡(嵐山町)

国指定史跡の菅谷館跡は、鎌倉時代の武将畠山重忠が館を構えたのがはじまりと伝えられています。現存する遺構は戦国時代の城郭で、深い堀と高い土塁に囲まれた郭(くるわ)は見事です。

日本赤十字社 埼玉支部旧社屋(嵐山町)

昭和58年に鎌形小学校の敷地内に移築保存された旧日赤社屋。明治38年に県庁に隣接して建てられた、埼玉を代表する明治期の建造物で、19世紀末のアメリカで流行したシンプルスタイルの影響を強く受けています。

杉山城跡(嵐山町)

戦国期城郭の最高傑作のひとつと絶賛される杉山城跡は、市野川を見下ろす丘陵上に築かれた山城です。保存状態もよく、土塁や空堀は当時の面影をよくとどめています。県指定史跡。

畠山重忠像(嵐山町)

畠山重忠が館を構えたと伝えられる菅谷館跡内には、重忠の像が建てられています。身長180センチもあったと伝えられる重忠。この像もとても大きなものです。

鎌形八幡神社・班渓寺(嵐山町)

木曽義仲ゆかりの地として知られる嵐山町。鎌形の八幡神社にある「産湯の清水」は、義仲誕生の際の産湯に使用したと伝えられるもので、現在でも水量豊富な湧水です。近くには愛妻・山吹姫にゆかりの班渓寺もあります。

慈光寺(ときがわ町)

1,300年の歴史を誇る名刹で、坂東三十三観音霊場九番札所。奈良時代に釈道忠によって開かれ、鎌倉時代には源頼朝の寄進を受けて大寺院として栄えました。国宝の「法華経一品経」をはじめ国指定の重要文化財を数多く所蔵しています。

小倉城跡(ときがわ町)

約400〜500年前の戦国時代、小田原北条氏の家臣・遠山右衛門大夫光景の居城であったとされる山城。豊臣秀吉の小田原城攻めの際、松山城とともに落城したと伝えられています。石垣と巧みな縄張りが良く保存され、発掘により建物跡や出入口の門跡、生活道具なども出土している国指定史跡です。

吉見観音(安楽寺)(吉見町)

吉見百穴の東北約2Kmのところにある坂東11番の札所。坂上田村麻呂奥州征伐の時、この寺に戦勝祈願をしたと言われています。その後源範頼が当地に住し、三重の塔や本堂等を建立したと伝えられています。なお本堂の虎の彫刻は左甚五郎の作と言い伝えられています。

赤沼古代瓦窯跡(鳩山町)

この窯跡から出土した瓦や須恵器を調査した結果、国分寺の年代を半世紀近く遡(さかのぼ)る窯であることが分かりました。坂戸市には武蔵国の白鳳寺院(はくほうじいん)を代表する勝呂廃寺(すぐろはいじ)が存在しますが、ここから出土した瓦との照合により、この窯跡は、勝呂廃寺の建立のために造られた瓦窯であることが分かっています。

松山城跡(吉見町)

松山城は、市の川が形成した広大な低湿地帯にかこまれている丘陵の先端に築かれた、北武蔵地方屈指の山城です。応永年間(1394年〜1428年)と推定される築城以来その名を中世史に登場させています。徳川家康の関東入国以降は、一時、松平家広が城主となるが、弟の松平忠頼のときに浜松に移封され廃城となりました。

岩室山観世音(吉見町)

松山城址の北端にある岩山と岩山の間に建てられている観世音が松山城の裏門の跡です。

笛吹峠(嵐山町)

笛吹峠の由来は、新田氏が宗良(むねなが)親王を奉じてここに陣を敷き足利尊氏と戦った際、親王が名月の陣営にて笛に心を慰めたことによると伝えられています。またこの峠を通る道は鎌倉街道上道としても知られています。

光福寺の宝篋印塔(東松山市)

国指定重要文化財の宝篋印塔は、極めて均整のよくとれた美しいもので、高さ2.1mもあり、鎌倉時代後期を代表するものです。

高野倉ふれあい自然公園(鳩山町)

高野倉八十八ヵ所、八幡神社のイチイガシに隣接する公園。百地蔵尊などの史跡を巡りながら自然を満喫できます。

浄蓮寺(東秩父村)

古刹「浄蓮寺」は、鎌倉時代に開かれて、後に松山城主上田氏の菩提寺となった中世の文化財の宝庫。今は木々に囲まれた静かなたたずまいを見せています。

等覚院木造阿弥陀如来坐像(東松山市)

国指定重要文化財。ひのき材寄せ木造りで、高さ88cmの漆箔の座像。鎌倉時代に造立されたといわれ、県内でも屈指の優品で市を代表する古仏の一つです。

吉見百穴(吉見町)

国指定史跡の横穴墓群で現在219個ある横穴群は、日本一の規模を誇ります。また、横穴に生えている緑色のコケが日中黄金色に輝くことから、「ヒカリゴケ」と呼ばれるとても神秘的な国指定の天然記念物を見ることもできます。

吉田家住宅(小川町)

平成元年に国の重要文化財に指定された建造物。棟札から享保6年(1721年)の造営であることがわかり、年代の確定する民家としては、県内最古のものです。

廣徳寺大御堂(川島町)

廣徳寺の大御堂は13世紀の初め尼将軍北条政子が美尾屋十郎廣徳の菩提を弔うため、美尾屋氏の館跡に建立したものと伝えられています。方三間の寄棟造、茅葺で関東地方らしい風格を帯びた堂姿を示す数少ない唐様佛堂です。

イチイガシの大木(鳩山町)

樹齢約600年といわれるこの「イチイガシの大木」は、高さ約20m、幹の周囲は最も太いところで約5mもあります。

十郎横穴墓群(鳩山町)

古墳時代後期の墓制のひとつで、この横穴墓群は、越辺川にのぞむ丘陵の急斜面、疑灰質砂岩に構築されており、現在は三基が開口しています。

大谷瓦窯跡(東松山市)

7世紀後半の瓦を専門に焼くための窯跡。雑木林に包まれた丘の傾斜を利用した全長約7mの半地下式の登り窯です。平瓦、竹瓦、蓮花文様のある瓦当てとなどが出土した国指定史跡です。

向徳寺・阿弥陀三尊像(嵐山町)

宝治3年(1249)に造られた銅製阿弥陀如来及び両脇侍立像は善光寺式阿弥陀三尊像。国の重要文化財に指定されています。

箭弓稲荷神社 (東松山市)

奈良時代の創建。五穀豊穣、商売繁盛、芸道向上の神様として知られ、初詣者数は県内でも有数。江戸時代に建てられた本殿には創厳な彫刻が施され、付棟札は県指定文化財になっている。

馬頭観音(東松山市)

馬頭観音としては関東随一の霊場と言われる。毎年2月19日妙安寺・上岡観音の縁日に絵馬市が立つ。

仙覚律師遺跡(万葉の碑)(小川町)

陣屋台テニスコートの脇には仙覚の業績を顕彰して昭和3年に建立された仙覚律師遺蹟碑が建てられています。撰文は佐佐木信綱、書は岡山高蔭です。

大聖寺 石造法華経供養塔・板碑(小川町)

大聖寺は「下里観音」、「子育て観音」と呼ばれ、毎年春の縁日には安産祈願の人や子ども連れの参詣者で賑わいます。わが国最古の「石造法華経供養塔(六面幢)および板碑(国指定文化財)」があります。

穴八幡古墳(小川町)

周囲に方形に廻る二重の堀を構え、一辺は28.2m、高さ5.6mを測る県内最大級の方墳です。横穴式石室は全長8.2mで保存状態も良く、小川特産の緑泥石片岩を使用しています。古墳時代末期(7世紀後半)に造られたと伝えられています。

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